思い出エピソード 思い出エピソード
能開センター 指導者/高校受験
2002-2006年在籍 / 吉田悠亮 奈良/大和郡山校

#“自分の原点(ターニングポイント)”になったできごと

「教える」原点

吉田悠亮

中学生の頃生徒として通っていた能開センターに大学生となった私が講師として帰ってこれました。学校教諭を目指していた私に数学の講師として働く機会を与えてくださったからです。数学を教えるという経験が乏しかった私に「確率は表にまとめて考えさせる」「チョークの色を効果的に使い分けて視覚的な理解を促す」などの教えるイロハを教えてくださりました。そのようなたくさん教わった中でも最も考えさせられたのは「持ち帰ったノートを生徒が見て、先生の教えてくれたことを再度理解できる板書を作ることが大事」ということです。これは公立高校の教諭として働く私が今でも大事にしていることです。能開センターでの講師経験が私の「教える」原点です。

OTHER

その他のエピソード

個別指導Axis 校責任者
2020-在籍中 / 森 洋紀 大阪府/熊取校

不合格にさせてしまった中3受験生

森 洋紀

私がワオに入社し、最初の配属先がAxis貝塚校だったときの話です。 当時、私は校担当として配属されました。貝塚校は在籍が100名を超える校舎だったので、校舎責任者の方と私とで、担当する生徒を割り当てて運営をしておりました。 私の担当学年には中3が含まれており、受験に向けて進路指導をしていくことになりました。すでに他の会社で高校受験指導をした経験があったので、そこまで困ることは少なかったのですが、Axisの商品と組み合わせること、講習で勉強時間を追加することなど不慣れな部分は多かったと思います。それでも、生徒本人・保護者としっかりと話をして最適な学習を提案していくことができました。夏期講習、冬期講習、入試直前特訓を経て、あっという間に受験の時期になったことを今でも覚えております。 夏期講習あたりから、中3受験生たちが塾に来ることが多くなり、自然と関係性が出来上がっていきました。直接教科内容の指導をしたことも今となればいい思い出です。不安な気持ちを吐露する生徒を後押ししたりしながら公立高校入試の日を迎えました。直前の応援電話でも前向きな言葉を投げかけました。しかし、2人の生徒が不合格になってしまったのです。 あの時の申し訳ない気持ちは忘れることができません。私がもう少しAxisで経験を積んでいたら、という後悔の念が残りました。その後、不合格だった2人は私立高校に行き、高校継続にならず、ご縁がなくなってしまいました。 1年の経験を経て、貝塚での2年目を迎えた5月のある日、とある私立高校から封書が届いたのです。中身はお世話になった塾への手紙でした。進学先の私立高校で書いたものだったようですが、不合格になった生徒2人のうち1人のものでした。塾で鍛えらえた、最後まで励みになった、など有難い言葉がたくさん並んでいました。進学先の高校で頑張っていることが確認でき、ほんの少し、後悔の気持ちが弱まった瞬間でした。

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個別指導Axis 校責任者
森 洋紀
2020-在籍中 / 森 洋紀 大阪府/熊取校

不合格にさせてしまった中3受験生

私がワオに入社し、最初の配属先がAxis貝塚校だったときの話です。 当時、私は校担当として配属されました。貝塚校は在籍が100名を超える校舎だったので、校舎責任者の方と私とで、担当する生徒を割り当てて運営をしておりました。 私の担当学年には中3が含まれており、受験に向けて進路指導をしていくことになりました。すでに他の会社で高校受験指導をした経験があったので、そこまで困ることは少なかったのですが、Axisの商品と組み合わせること、講習で勉強時間を追加することなど不慣れな部分は多かったと思います。それでも、生徒本人・保護者としっかりと話をして最適な学習を提案していくことができました。夏期講習、冬期講習、入試直前特訓を経て、あっという間に受験の時期になったことを今でも覚えております。 夏期講習あたりから、中3受験生たちが塾に来ることが多くなり、自然と関係性が出来上がっていきました。直接教科内容の指導をしたことも今となればいい思い出です。不安な気持ちを吐露する生徒を後押ししたりしながら公立高校入試の日を迎えました。直前の応援電話でも前向きな言葉を投げかけました。しかし、2人の生徒が不合格になってしまったのです。 あの時の申し訳ない気持ちは忘れることができません。私がもう少しAxisで経験を積んでいたら、という後悔の念が残りました。その後、不合格だった2人は私立高校に行き、高校継続にならず、ご縁がなくなってしまいました。 1年の経験を経て、貝塚での2年目を迎えた5月のある日、とある私立高校から封書が届いたのです。中身はお世話になった塾への手紙でした。進学先の私立高校で書いたものだったようですが、不合格になった生徒2人のうち1人のものでした。塾で鍛えらえた、最後まで励みになった、など有難い言葉がたくさん並んでいました。進学先の高校で頑張っていることが確認でき、ほんの少し、後悔の気持ちが弱まった瞬間でした。

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能開センター チューター/高校受験
2005-2018年在籍 / おかざき 奈良/王寺校

善き未来へ向けて

おかざき

この度は創立50周年おめでとうございます。私は小学5年生で生徒として入塾し高校受験、大学受験の生徒として、そして大学以降はチューターとして大学院卒業までお世話になりました。思えば人生の14年間という非常に長い時間を能開センターに関わらせていただきました。仲間たちと切磋琢磨し夢に向かって勉学に励んだ生徒時代、そんな子どもたちを支えるお手伝いをしたチューター時代、能開センターで過ごした時間は私にとってかけがえのない時間でした。 明るい未来を作るのはいつだって若い子どもたちだと思っています。これからも、未来へ感動の輪を広げ善き未来を作るために、子どもたちの夢を叶えるサポートを続けていただけることを願っております。ワオ・コーポレーションの益々のご発展をお祈り申し上げます。

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能開センター チューター/高校受験
おかざき
2005-2018年在籍 / おかざき 奈良/王寺校

善き未来へ向けて

この度は創立50周年おめでとうございます。私は小学5年生で生徒として入塾し高校受験、大学受験の生徒として、そして大学以降はチューターとして大学院卒業までお世話になりました。思えば人生の14年間という非常に長い時間を能開センターに関わらせていただきました。仲間たちと切磋琢磨し夢に向かって勉学に励んだ生徒時代、そんな子どもたちを支えるお手伝いをしたチューター時代、能開センターで過ごした時間は私にとってかけがえのない時間でした。 明るい未来を作るのはいつだって若い子どもたちだと思っています。これからも、未来へ感動の輪を広げ善き未来を作るために、子どもたちの夢を叶えるサポートを続けていただけることを願っております。ワオ・コーポレーションの益々のご発展をお祈り申し上げます。

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個別指導Axis 校責任者
2018-在籍中 / Y.T. 佐賀県 長崎県

生徒とともに歩んだ時間

Y.T.

小学生の頃から通い続け、高校卒業まで成長を見守った生徒がいます。 その後、指導者としてこの場所に戻ってきてくれたときは、言葉にできないほど嬉しく、この仕事のやりがいを改めて実感した瞬間でした。 また、在籍期間は決して長くはなかったものの、進路に悩みながらも、勉強のことだけでなく学校生活や将来について、いろいろな話をしてくれた生徒もいました。 その一つひとつの言葉から、葛藤や前向きな気持ちが伝わってきたことが、今でも印象に残っています。 こうして振り返ると、これまで出会ってきた生徒一人ひとりの成長を近くで見守ることができたことは、私にとってかけがえのない財産です。 そして、そのような経験を積ませてくれたこの環境や会社に、心から感謝しています。 これからも、生徒それぞれの歩みに寄り添いながら、小さな変化や成長を大切にし、一人ひとりと真摯に向き合っていきたいと思います。

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個別指導Axis 校責任者
Y.T.
2018-在籍中 / Y.T. 佐賀県 長崎県

生徒とともに歩んだ時間

小学生の頃から通い続け、高校卒業まで成長を見守った生徒がいます。 その後、指導者としてこの場所に戻ってきてくれたときは、言葉にできないほど嬉しく、この仕事のやりがいを改めて実感した瞬間でした。 また、在籍期間は決して長くはなかったものの、進路に悩みながらも、勉強のことだけでなく学校生活や将来について、いろいろな話をしてくれた生徒もいました。 その一つひとつの言葉から、葛藤や前向きな気持ちが伝わってきたことが、今でも印象に残っています。 こうして振り返ると、これまで出会ってきた生徒一人ひとりの成長を近くで見守ることができたことは、私にとってかけがえのない財産です。 そして、そのような経験を積ませてくれたこの環境や会社に、心から感謝しています。 これからも、生徒それぞれの歩みに寄り添いながら、小さな変化や成長を大切にし、一人ひとりと真摯に向き合っていきたいと思います。

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個別指導Axis SV
2004-在籍中 / きたじま 大阪府/本部

チームでの目標達成

きたじま

学習塾にとって4月の生徒数は、営業的にも教育的にも大きな意味を持つ数値です。 新たに入会してくれた一人ひとりの子どもたちの未来に、私たちが関わることができる——その重みを胸に、毎年4月の目標に向き合っています。 当時、大阪南部の校舎責任者だった私は、日報に「校舎目標まであと○名」と書き始めたのがきっかけでした。ある時ふと思い立って「南エリアであと○名」とエリア全体のカウントダウンに切り替えてみたところ、その日報にメンバーたちが次々と反応してくれたのです。「今、1名入会した!」「あと少し!」とやり取りが広がり、見事にエリア全体で目標を達成することができました。その数字の一つひとつが、これから学びをスタートする子どもたちの存在だと思うと、達成の喜びはひとしおでした。 普段は校舎に一人で業務している中では決して味わえない一体感と高揚感——あの時の感動は、今も鮮明に覚えています。それから数年が経ち、カウントダウンはいつしか恒例の文化となりました。そして3年前、本部所属として校舎を持たない立場になった私は、一人のスタッフにカウントダウン担当をお願いしました。その方を中心に、県全体のメンバーが一つの目標に向かって動いている姿を目にした時、また違う種類の感動がありました。 小さなきっかけから生まれた習慣が文化として根付き、次の世代へと受け継がれていく——そしてその先には、より多くの子どもたちの成長に寄り添える環境が広がっている。その光景に、チームで仕事をすることの喜びと意味を、改めて深く実感しました。  校舎で一人黙々と業務をこなす日々の中で、皆と同じ目標を追い、共に喜べる瞬間がある。数字の向こう側にいる子どもたちのために、これからもチームで力を合わせていきたいと思っています。

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個別指導Axis SV
きたじま
2004-在籍中 / きたじま 大阪府/本部

チームでの目標達成

学習塾にとって4月の生徒数は、営業的にも教育的にも大きな意味を持つ数値です。 新たに入会してくれた一人ひとりの子どもたちの未来に、私たちが関わることができる——その重みを胸に、毎年4月の目標に向き合っています。 当時、大阪南部の校舎責任者だった私は、日報に「校舎目標まであと○名」と書き始めたのがきっかけでした。ある時ふと思い立って「南エリアであと○名」とエリア全体のカウントダウンに切り替えてみたところ、その日報にメンバーたちが次々と反応してくれたのです。「今、1名入会した!」「あと少し!」とやり取りが広がり、見事にエリア全体で目標を達成することができました。その数字の一つひとつが、これから学びをスタートする子どもたちの存在だと思うと、達成の喜びはひとしおでした。 普段は校舎に一人で業務している中では決して味わえない一体感と高揚感——あの時の感動は、今も鮮明に覚えています。それから数年が経ち、カウントダウンはいつしか恒例の文化となりました。そして3年前、本部所属として校舎を持たない立場になった私は、一人のスタッフにカウントダウン担当をお願いしました。その方を中心に、県全体のメンバーが一つの目標に向かって動いている姿を目にした時、また違う種類の感動がありました。 小さなきっかけから生まれた習慣が文化として根付き、次の世代へと受け継がれていく——そしてその先には、より多くの子どもたちの成長に寄り添える環境が広がっている。その光景に、チームで仕事をすることの喜びと意味を、改めて深く実感しました。  校舎で一人黙々と業務をこなす日々の中で、皆と同じ目標を追い、共に喜べる瞬間がある。数字の向こう側にいる子どもたちのために、これからもチームで力を合わせていきたいと思っています。

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個別指導Axis 校責任者
2020-在籍中 / 森 洋紀 大阪府/熊取校

不合格にさせてしまった中3受験生

森 洋紀

私がワオに入社し、最初の配属先がAxis貝塚校だったときの話です。 当時、私は校担当として配属されました。貝塚校は在籍が100名を超える校舎だったので、校舎責任者の方と私とで、担当する生徒を割り当てて運営をしておりました。 私の担当学年には中3が含まれており、受験に向けて進路指導をしていくことになりました。すでに他の会社で高校受験指導をした経験があったので、そこまで困ることは少なかったのですが、Axisの商品と組み合わせること、講習で勉強時間を追加することなど不慣れな部分は多かったと思います。それでも、生徒本人・保護者としっかりと話をして最適な学習を提案していくことができました。夏期講習、冬期講習、入試直前特訓を経て、あっという間に受験の時期になったことを今でも覚えております。 夏期講習あたりから、中3受験生たちが塾に来ることが多くなり、自然と関係性が出来上がっていきました。直接教科内容の指導をしたことも今となればいい思い出です。不安な気持ちを吐露する生徒を後押ししたりしながら公立高校入試の日を迎えました。直前の応援電話でも前向きな言葉を投げかけました。しかし、2人の生徒が不合格になってしまったのです。 あの時の申し訳ない気持ちは忘れることができません。私がもう少しAxisで経験を積んでいたら、という後悔の念が残りました。その後、不合格だった2人は私立高校に行き、高校継続にならず、ご縁がなくなってしまいました。 1年の経験を経て、貝塚での2年目を迎えた5月のある日、とある私立高校から封書が届いたのです。中身はお世話になった塾への手紙でした。進学先の私立高校で書いたものだったようですが、不合格になった生徒2人のうち1人のものでした。塾で鍛えらえた、最後まで励みになった、など有難い言葉がたくさん並んでいました。進学先の高校で頑張っていることが確認でき、ほんの少し、後悔の気持ちが弱まった瞬間でした。

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個別指導Axis 校責任者
森 洋紀
2020-在籍中 / 森 洋紀 大阪府/熊取校

不合格にさせてしまった中3受験生

私がワオに入社し、最初の配属先がAxis貝塚校だったときの話です。 当時、私は校担当として配属されました。貝塚校は在籍が100名を超える校舎だったので、校舎責任者の方と私とで、担当する生徒を割り当てて運営をしておりました。 私の担当学年には中3が含まれており、受験に向けて進路指導をしていくことになりました。すでに他の会社で高校受験指導をした経験があったので、そこまで困ることは少なかったのですが、Axisの商品と組み合わせること、講習で勉強時間を追加することなど不慣れな部分は多かったと思います。それでも、生徒本人・保護者としっかりと話をして最適な学習を提案していくことができました。夏期講習、冬期講習、入試直前特訓を経て、あっという間に受験の時期になったことを今でも覚えております。 夏期講習あたりから、中3受験生たちが塾に来ることが多くなり、自然と関係性が出来上がっていきました。直接教科内容の指導をしたことも今となればいい思い出です。不安な気持ちを吐露する生徒を後押ししたりしながら公立高校入試の日を迎えました。直前の応援電話でも前向きな言葉を投げかけました。しかし、2人の生徒が不合格になってしまったのです。 あの時の申し訳ない気持ちは忘れることができません。私がもう少しAxisで経験を積んでいたら、という後悔の念が残りました。その後、不合格だった2人は私立高校に行き、高校継続にならず、ご縁がなくなってしまいました。 1年の経験を経て、貝塚での2年目を迎えた5月のある日、とある私立高校から封書が届いたのです。中身はお世話になった塾への手紙でした。進学先の私立高校で書いたものだったようですが、不合格になった生徒2人のうち1人のものでした。塾で鍛えらえた、最後まで励みになった、など有難い言葉がたくさん並んでいました。進学先の高校で頑張っていることが確認でき、ほんの少し、後悔の気持ちが弱まった瞬間でした。

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能開センター チューター/高校受験
2005-2018年在籍 / おかざき 奈良/王寺校

善き未来へ向けて

おかざき

この度は創立50周年おめでとうございます。私は小学5年生で生徒として入塾し高校受験、大学受験の生徒として、そして大学以降はチューターとして大学院卒業までお世話になりました。思えば人生の14年間という非常に長い時間を能開センターに関わらせていただきました。仲間たちと切磋琢磨し夢に向かって勉学に励んだ生徒時代、そんな子どもたちを支えるお手伝いをしたチューター時代、能開センターで過ごした時間は私にとってかけがえのない時間でした。 明るい未来を作るのはいつだって若い子どもたちだと思っています。これからも、未来へ感動の輪を広げ善き未来を作るために、子どもたちの夢を叶えるサポートを続けていただけることを願っております。ワオ・コーポレーションの益々のご発展をお祈り申し上げます。

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能開センター チューター/高校受験
おかざき
2005-2018年在籍 / おかざき 奈良/王寺校

善き未来へ向けて

この度は創立50周年おめでとうございます。私は小学5年生で生徒として入塾し高校受験、大学受験の生徒として、そして大学以降はチューターとして大学院卒業までお世話になりました。思えば人生の14年間という非常に長い時間を能開センターに関わらせていただきました。仲間たちと切磋琢磨し夢に向かって勉学に励んだ生徒時代、そんな子どもたちを支えるお手伝いをしたチューター時代、能開センターで過ごした時間は私にとってかけがえのない時間でした。 明るい未来を作るのはいつだって若い子どもたちだと思っています。これからも、未来へ感動の輪を広げ善き未来を作るために、子どもたちの夢を叶えるサポートを続けていただけることを願っております。ワオ・コーポレーションの益々のご発展をお祈り申し上げます。

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個別指導Axis 校責任者
2018-在籍中 / Y.T. 佐賀県 長崎県

生徒とともに歩んだ時間

Y.T.

小学生の頃から通い続け、高校卒業まで成長を見守った生徒がいます。 その後、指導者としてこの場所に戻ってきてくれたときは、言葉にできないほど嬉しく、この仕事のやりがいを改めて実感した瞬間でした。 また、在籍期間は決して長くはなかったものの、進路に悩みながらも、勉強のことだけでなく学校生活や将来について、いろいろな話をしてくれた生徒もいました。 その一つひとつの言葉から、葛藤や前向きな気持ちが伝わってきたことが、今でも印象に残っています。 こうして振り返ると、これまで出会ってきた生徒一人ひとりの成長を近くで見守ることができたことは、私にとってかけがえのない財産です。 そして、そのような経験を積ませてくれたこの環境や会社に、心から感謝しています。 これからも、生徒それぞれの歩みに寄り添いながら、小さな変化や成長を大切にし、一人ひとりと真摯に向き合っていきたいと思います。

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個別指導Axis 校責任者
Y.T.
2018-在籍中 / Y.T. 佐賀県 長崎県

生徒とともに歩んだ時間

小学生の頃から通い続け、高校卒業まで成長を見守った生徒がいます。 その後、指導者としてこの場所に戻ってきてくれたときは、言葉にできないほど嬉しく、この仕事のやりがいを改めて実感した瞬間でした。 また、在籍期間は決して長くはなかったものの、進路に悩みながらも、勉強のことだけでなく学校生活や将来について、いろいろな話をしてくれた生徒もいました。 その一つひとつの言葉から、葛藤や前向きな気持ちが伝わってきたことが、今でも印象に残っています。 こうして振り返ると、これまで出会ってきた生徒一人ひとりの成長を近くで見守ることができたことは、私にとってかけがえのない財産です。 そして、そのような経験を積ませてくれたこの環境や会社に、心から感謝しています。 これからも、生徒それぞれの歩みに寄り添いながら、小さな変化や成長を大切にし、一人ひとりと真摯に向き合っていきたいと思います。

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個別指導Axis SV
2004-在籍中 / きたじま 大阪府/本部

チームでの目標達成

きたじま

学習塾にとって4月の生徒数は、営業的にも教育的にも大きな意味を持つ数値です。 新たに入会してくれた一人ひとりの子どもたちの未来に、私たちが関わることができる——その重みを胸に、毎年4月の目標に向き合っています。 当時、大阪南部の校舎責任者だった私は、日報に「校舎目標まであと○名」と書き始めたのがきっかけでした。ある時ふと思い立って「南エリアであと○名」とエリア全体のカウントダウンに切り替えてみたところ、その日報にメンバーたちが次々と反応してくれたのです。「今、1名入会した!」「あと少し!」とやり取りが広がり、見事にエリア全体で目標を達成することができました。その数字の一つひとつが、これから学びをスタートする子どもたちの存在だと思うと、達成の喜びはひとしおでした。 普段は校舎に一人で業務している中では決して味わえない一体感と高揚感——あの時の感動は、今も鮮明に覚えています。それから数年が経ち、カウントダウンはいつしか恒例の文化となりました。そして3年前、本部所属として校舎を持たない立場になった私は、一人のスタッフにカウントダウン担当をお願いしました。その方を中心に、県全体のメンバーが一つの目標に向かって動いている姿を目にした時、また違う種類の感動がありました。 小さなきっかけから生まれた習慣が文化として根付き、次の世代へと受け継がれていく——そしてその先には、より多くの子どもたちの成長に寄り添える環境が広がっている。その光景に、チームで仕事をすることの喜びと意味を、改めて深く実感しました。  校舎で一人黙々と業務をこなす日々の中で、皆と同じ目標を追い、共に喜べる瞬間がある。数字の向こう側にいる子どもたちのために、これからもチームで力を合わせていきたいと思っています。

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個別指導Axis SV
きたじま
2004-在籍中 / きたじま 大阪府/本部

チームでの目標達成

学習塾にとって4月の生徒数は、営業的にも教育的にも大きな意味を持つ数値です。 新たに入会してくれた一人ひとりの子どもたちの未来に、私たちが関わることができる——その重みを胸に、毎年4月の目標に向き合っています。 当時、大阪南部の校舎責任者だった私は、日報に「校舎目標まであと○名」と書き始めたのがきっかけでした。ある時ふと思い立って「南エリアであと○名」とエリア全体のカウントダウンに切り替えてみたところ、その日報にメンバーたちが次々と反応してくれたのです。「今、1名入会した!」「あと少し!」とやり取りが広がり、見事にエリア全体で目標を達成することができました。その数字の一つひとつが、これから学びをスタートする子どもたちの存在だと思うと、達成の喜びはひとしおでした。 普段は校舎に一人で業務している中では決して味わえない一体感と高揚感——あの時の感動は、今も鮮明に覚えています。それから数年が経ち、カウントダウンはいつしか恒例の文化となりました。そして3年前、本部所属として校舎を持たない立場になった私は、一人のスタッフにカウントダウン担当をお願いしました。その方を中心に、県全体のメンバーが一つの目標に向かって動いている姿を目にした時、また違う種類の感動がありました。 小さなきっかけから生まれた習慣が文化として根付き、次の世代へと受け継がれていく——そしてその先には、より多くの子どもたちの成長に寄り添える環境が広がっている。その光景に、チームで仕事をすることの喜びと意味を、改めて深く実感しました。  校舎で一人黙々と業務をこなす日々の中で、皆と同じ目標を追い、共に喜べる瞬間がある。数字の向こう側にいる子どもたちのために、これからもチームで力を合わせていきたいと思っています。

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