思い出エピソード 思い出エピソード
個別指導Axis 校責任者
2002年在籍 / 高崎 勇治 佐賀県/三日月校

#心に残るとっておきの“エピソード”

号泣の生徒への最後のアドバイス

高崎 勇治

沖縄への転勤が決まった2011年の国立大学前期の合格発表、佐賀大学医学部医学科を志望していた生徒が不合格で目の前で号泣。後期も同大学の同じ学科を受験すると言う。

試験は面接だけ。最後のアドバイスは「女優になれ」。
募集要項には佐賀大学医学部医学科の求める人物像が書いてあったので、その通りの人物を演じるようにアドバイス。
沖縄の首里校へ赴任した後、三日月校の後任の校責T先生から電話。例の生徒が合格したので本人が話したいと来校しているとのこと。電話でおめでとうとお祝いの言葉をかけ、ご自宅の保護者にもお祝いの電話。その後島根に転勤になり、彼女が出雲大社へ旅行に来たついでに学園通り校に遊びに来てくれた。どこにいても心のつながりが感じられるエピソード。

OTHER

その他のエピソード

本社 映像
2006-在籍中 / U

喜びの共有

U

校責をしていた頃、受験に関わることのやりがいとして、生徒の人生の一部に影響を与えることができ、合格の喜びを生徒・スタッフと一緒に分かち合えることが挙げられます。 子どもたちの成績が上がった時、成長を感じられた時、行動が変わった時、困難を乗り越えた時にひとときの達成感があり、これを継続したいという想いに駆られます。 職種はどれでも、人財育成、成績向上、地域貢献に役立てる存在でありたい。今後もワオみんなで協力しながら盛り上げていきましょう!

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本社 映像
U
2006-在籍中 / U

喜びの共有

校責をしていた頃、受験に関わることのやりがいとして、生徒の人生の一部に影響を与えることができ、合格の喜びを生徒・スタッフと一緒に分かち合えることが挙げられます。 子どもたちの成績が上がった時、成長を感じられた時、行動が変わった時、困難を乗り越えた時にひとときの達成感があり、これを継続したいという想いに駆られます。 職種はどれでも、人財育成、成績向上、地域貢献に役立てる存在でありたい。今後もワオみんなで協力しながら盛り上げていきましょう!

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能開センター NOKAIオンライン担当講師
2006年在籍 / T.M 群馬県/能開センター高崎校(大学受験)

パラダイムシフト

T.M

「授業中寝ている生徒は全く悪くない、悪いのは彼を寝かせたあなた。」 入社したときの最初の上司に言われた言葉です。今思えばあたり前なのですが、当時は衝撃的なフレーズで、私の中で「パラダイムシフト(価値観の大転換)」が起こりました。他にも「脳に汗をかかせろ」「退屈(ヒマ)させるな」「授業はジェットコースター(急転直下するときもあるし、ちょっと安心する時間もある)だ」などたくさん教わりました。模擬授業でダメ出しされることも日常茶飯事。模擬授業開始後10分も経たないうちに「つまらない!」と怒られました(笑)。「まだ10分じゃん!」と、そのときは腹が立ちましたが、「じゃあ、やってやるよ!」くらいの気持ちになり、それ以来授業では「10分に1回『何か』やる」ことをモットーにここまで走ってきました。今も最前線に立ち、この仕事を続けていられるのはこの時期があったおかげです。今の若手にはそういう機会はあるのかな、などといらぬ心配をしつつ、今夜の『何か』は何にしよう~?とワクワクしながら講義の準備を進めている今このひとときをとても幸せに感じています。

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能開センター NOKAIオンライン担当講師
T.M
2006年在籍 / T.M 群馬県/能開センター高崎校(大学受験)

パラダイムシフト

「授業中寝ている生徒は全く悪くない、悪いのは彼を寝かせたあなた。」 入社したときの最初の上司に言われた言葉です。今思えばあたり前なのですが、当時は衝撃的なフレーズで、私の中で「パラダイムシフト(価値観の大転換)」が起こりました。他にも「脳に汗をかかせろ」「退屈(ヒマ)させるな」「授業はジェットコースター(急転直下するときもあるし、ちょっと安心する時間もある)だ」などたくさん教わりました。模擬授業でダメ出しされることも日常茶飯事。模擬授業開始後10分も経たないうちに「つまらない!」と怒られました(笑)。「まだ10分じゃん!」と、そのときは腹が立ちましたが、「じゃあ、やってやるよ!」くらいの気持ちになり、それ以来授業では「10分に1回『何か』やる」ことをモットーにここまで走ってきました。今も最前線に立ち、この仕事を続けていられるのはこの時期があったおかげです。今の若手にはそういう機会はあるのかな、などといらぬ心配をしつつ、今夜の『何か』は何にしよう~?とワクワクしながら講義の準備を進めている今このひとときをとても幸せに感じています。

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個別指導Axis SV
2004-在籍中 / きたじま 大阪府/本部

チームでの目標達成

きたじま

学習塾にとって4月の生徒数は、営業的にも教育的にも大きな意味を持つ数値です。 新たに入会してくれた一人ひとりの子どもたちの未来に、私たちが関わることができる——その重みを胸に、毎年4月の目標に向き合っています。 当時、大阪南部の校舎責任者だった私は、日報に「校舎目標まであと○名」と書き始めたのがきっかけでした。ある時ふと思い立って「南エリアであと○名」とエリア全体のカウントダウンに切り替えてみたところ、その日報にメンバーたちが次々と反応してくれたのです。「今、1名入会した!」「あと少し!」とやり取りが広がり、見事にエリア全体で目標を達成することができました。その数字の一つひとつが、これから学びをスタートする子どもたちの存在だと思うと、達成の喜びはひとしおでした。 普段は校舎に一人で業務している中では決して味わえない一体感と高揚感——あの時の感動は、今も鮮明に覚えています。それから数年が経ち、カウントダウンはいつしか恒例の文化となりました。そして3年前、本部所属として校舎を持たない立場になった私は、一人のスタッフにカウントダウン担当をお願いしました。その方を中心に、県全体のメンバーが一つの目標に向かって動いている姿を目にした時、また違う種類の感動がありました。 小さなきっかけから生まれた習慣が文化として根付き、次の世代へと受け継がれていく——そしてその先には、より多くの子どもたちの成長に寄り添える環境が広がっている。その光景に、チームで仕事をすることの喜びと意味を、改めて深く実感しました。  校舎で一人黙々と業務をこなす日々の中で、皆と同じ目標を追い、共に喜べる瞬間がある。数字の向こう側にいる子どもたちのために、これからもチームで力を合わせていきたいと思っています。

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個別指導Axis SV
きたじま
2004-在籍中 / きたじま 大阪府/本部

チームでの目標達成

学習塾にとって4月の生徒数は、営業的にも教育的にも大きな意味を持つ数値です。 新たに入会してくれた一人ひとりの子どもたちの未来に、私たちが関わることができる——その重みを胸に、毎年4月の目標に向き合っています。 当時、大阪南部の校舎責任者だった私は、日報に「校舎目標まであと○名」と書き始めたのがきっかけでした。ある時ふと思い立って「南エリアであと○名」とエリア全体のカウントダウンに切り替えてみたところ、その日報にメンバーたちが次々と反応してくれたのです。「今、1名入会した!」「あと少し!」とやり取りが広がり、見事にエリア全体で目標を達成することができました。その数字の一つひとつが、これから学びをスタートする子どもたちの存在だと思うと、達成の喜びはひとしおでした。 普段は校舎に一人で業務している中では決して味わえない一体感と高揚感——あの時の感動は、今も鮮明に覚えています。それから数年が経ち、カウントダウンはいつしか恒例の文化となりました。そして3年前、本部所属として校舎を持たない立場になった私は、一人のスタッフにカウントダウン担当をお願いしました。その方を中心に、県全体のメンバーが一つの目標に向かって動いている姿を目にした時、また違う種類の感動がありました。 小さなきっかけから生まれた習慣が文化として根付き、次の世代へと受け継がれていく——そしてその先には、より多くの子どもたちの成長に寄り添える環境が広がっている。その光景に、チームで仕事をすることの喜びと意味を、改めて深く実感しました。  校舎で一人黙々と業務をこなす日々の中で、皆と同じ目標を追い、共に喜べる瞬間がある。数字の向こう側にいる子どもたちのために、これからもチームで力を合わせていきたいと思っています。

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能開センター 担任/高校受験
1997-在籍中 / やな氏 栃木県/宇都宮校

学校≦能開

やな氏

能開センターで初めて担任を持った時の話です。 集合形式で教えた経験がほとんどない状況で、いきなり中学3年生、しかもトップ高校を目指すクラスを任されました。教科的な予習はもちろん、ホームルームでの話題を考えたり、板書計画を練ることなどにも時間がかかり、何だか大変な仕事に就いてしまったと、若干、後悔するような気持ちにもなっていました。生徒も、経験が浅い私に対して、反抗とまではいかないにしても、かなり牽制していたのではないかと思います。それでも、とにかく志望高校に受からせてあげたいという気持ちで、毎週、自分なりに一生懸命に授業を続けていました。 夏になり、講習会では25日間もの間、毎日毎日授業をし面談もしたことで、生徒との距離感が一気に縮まり、少しは頼られる先生になれたかもしれないという実感が湧いてきました。 その後、クラスのみんな一つになって、春の受験まで突っ走りました。みんなの進学先も決まり、中学3年生としてのクラスは解散。少し寂しい気持ちで4月を迎えた中、そのクラスの生徒数名が訪ねてきました。 送り出してからまだ半月も経っていないので、何があったのか見当もつかない心持でいると、分厚い1冊のノートを手渡されました。表紙にはクラス日誌とあり、中を見ると9月から3月まで、毎回の私の授業について、感想やダメ出し、その日のネクタイの柄やホームルームで話したことなどが記載されていていました。私に見つからないよう、私が授業で教えた日には必ず書いていたと言われ、とてつもなく感動しました。一部の生徒だけでやっていた、ではなく、24名のクラス全員が、回しながらずっと付けてくれていたことが、本当に嬉しく、この日誌は最高の財産となっています。この日誌を受け取り、能開生ってこんなに素晴らしいんだ。能開って「学校≦能開」になれる場所なんだ。そう思わせてくれた出来事でした。

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能開センター 担任/高校受験
やな氏
1997-在籍中 / やな氏 栃木県/宇都宮校

学校≦能開

能開センターで初めて担任を持った時の話です。 集合形式で教えた経験がほとんどない状況で、いきなり中学3年生、しかもトップ高校を目指すクラスを任されました。教科的な予習はもちろん、ホームルームでの話題を考えたり、板書計画を練ることなどにも時間がかかり、何だか大変な仕事に就いてしまったと、若干、後悔するような気持ちにもなっていました。生徒も、経験が浅い私に対して、反抗とまではいかないにしても、かなり牽制していたのではないかと思います。それでも、とにかく志望高校に受からせてあげたいという気持ちで、毎週、自分なりに一生懸命に授業を続けていました。 夏になり、講習会では25日間もの間、毎日毎日授業をし面談もしたことで、生徒との距離感が一気に縮まり、少しは頼られる先生になれたかもしれないという実感が湧いてきました。 その後、クラスのみんな一つになって、春の受験まで突っ走りました。みんなの進学先も決まり、中学3年生としてのクラスは解散。少し寂しい気持ちで4月を迎えた中、そのクラスの生徒数名が訪ねてきました。 送り出してからまだ半月も経っていないので、何があったのか見当もつかない心持でいると、分厚い1冊のノートを手渡されました。表紙にはクラス日誌とあり、中を見ると9月から3月まで、毎回の私の授業について、感想やダメ出し、その日のネクタイの柄やホームルームで話したことなどが記載されていていました。私に見つからないよう、私が授業で教えた日には必ず書いていたと言われ、とてつもなく感動しました。一部の生徒だけでやっていた、ではなく、24名のクラス全員が、回しながらずっと付けてくれていたことが、本当に嬉しく、この日誌は最高の財産となっています。この日誌を受け取り、能開生ってこんなに素晴らしいんだ。能開って「学校≦能開」になれる場所なんだ。そう思わせてくれた出来事でした。

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本社 映像
2006-在籍中 / U

喜びの共有

U

校責をしていた頃、受験に関わることのやりがいとして、生徒の人生の一部に影響を与えることができ、合格の喜びを生徒・スタッフと一緒に分かち合えることが挙げられます。 子どもたちの成績が上がった時、成長を感じられた時、行動が変わった時、困難を乗り越えた時にひとときの達成感があり、これを継続したいという想いに駆られます。 職種はどれでも、人財育成、成績向上、地域貢献に役立てる存在でありたい。今後もワオみんなで協力しながら盛り上げていきましょう!

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本社 映像
U
2006-在籍中 / U

喜びの共有

校責をしていた頃、受験に関わることのやりがいとして、生徒の人生の一部に影響を与えることができ、合格の喜びを生徒・スタッフと一緒に分かち合えることが挙げられます。 子どもたちの成績が上がった時、成長を感じられた時、行動が変わった時、困難を乗り越えた時にひとときの達成感があり、これを継続したいという想いに駆られます。 職種はどれでも、人財育成、成績向上、地域貢献に役立てる存在でありたい。今後もワオみんなで協力しながら盛り上げていきましょう!

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能開センター NOKAIオンライン担当講師
2006年在籍 / T.M 群馬県/能開センター高崎校(大学受験)

パラダイムシフト

T.M

「授業中寝ている生徒は全く悪くない、悪いのは彼を寝かせたあなた。」 入社したときの最初の上司に言われた言葉です。今思えばあたり前なのですが、当時は衝撃的なフレーズで、私の中で「パラダイムシフト(価値観の大転換)」が起こりました。他にも「脳に汗をかかせろ」「退屈(ヒマ)させるな」「授業はジェットコースター(急転直下するときもあるし、ちょっと安心する時間もある)だ」などたくさん教わりました。模擬授業でダメ出しされることも日常茶飯事。模擬授業開始後10分も経たないうちに「つまらない!」と怒られました(笑)。「まだ10分じゃん!」と、そのときは腹が立ちましたが、「じゃあ、やってやるよ!」くらいの気持ちになり、それ以来授業では「10分に1回『何か』やる」ことをモットーにここまで走ってきました。今も最前線に立ち、この仕事を続けていられるのはこの時期があったおかげです。今の若手にはそういう機会はあるのかな、などといらぬ心配をしつつ、今夜の『何か』は何にしよう~?とワクワクしながら講義の準備を進めている今このひとときをとても幸せに感じています。

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T.M
2006年在籍 / T.M 群馬県/能開センター高崎校(大学受験)

パラダイムシフト

「授業中寝ている生徒は全く悪くない、悪いのは彼を寝かせたあなた。」 入社したときの最初の上司に言われた言葉です。今思えばあたり前なのですが、当時は衝撃的なフレーズで、私の中で「パラダイムシフト(価値観の大転換)」が起こりました。他にも「脳に汗をかかせろ」「退屈(ヒマ)させるな」「授業はジェットコースター(急転直下するときもあるし、ちょっと安心する時間もある)だ」などたくさん教わりました。模擬授業でダメ出しされることも日常茶飯事。模擬授業開始後10分も経たないうちに「つまらない!」と怒られました(笑)。「まだ10分じゃん!」と、そのときは腹が立ちましたが、「じゃあ、やってやるよ!」くらいの気持ちになり、それ以来授業では「10分に1回『何か』やる」ことをモットーにここまで走ってきました。今も最前線に立ち、この仕事を続けていられるのはこの時期があったおかげです。今の若手にはそういう機会はあるのかな、などといらぬ心配をしつつ、今夜の『何か』は何にしよう~?とワクワクしながら講義の準備を進めている今このひとときをとても幸せに感じています。

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個別指導Axis SV
2004-在籍中 / きたじま 大阪府/本部

チームでの目標達成

きたじま

学習塾にとって4月の生徒数は、営業的にも教育的にも大きな意味を持つ数値です。 新たに入会してくれた一人ひとりの子どもたちの未来に、私たちが関わることができる——その重みを胸に、毎年4月の目標に向き合っています。 当時、大阪南部の校舎責任者だった私は、日報に「校舎目標まであと○名」と書き始めたのがきっかけでした。ある時ふと思い立って「南エリアであと○名」とエリア全体のカウントダウンに切り替えてみたところ、その日報にメンバーたちが次々と反応してくれたのです。「今、1名入会した!」「あと少し!」とやり取りが広がり、見事にエリア全体で目標を達成することができました。その数字の一つひとつが、これから学びをスタートする子どもたちの存在だと思うと、達成の喜びはひとしおでした。 普段は校舎に一人で業務している中では決して味わえない一体感と高揚感——あの時の感動は、今も鮮明に覚えています。それから数年が経ち、カウントダウンはいつしか恒例の文化となりました。そして3年前、本部所属として校舎を持たない立場になった私は、一人のスタッフにカウントダウン担当をお願いしました。その方を中心に、県全体のメンバーが一つの目標に向かって動いている姿を目にした時、また違う種類の感動がありました。 小さなきっかけから生まれた習慣が文化として根付き、次の世代へと受け継がれていく——そしてその先には、より多くの子どもたちの成長に寄り添える環境が広がっている。その光景に、チームで仕事をすることの喜びと意味を、改めて深く実感しました。  校舎で一人黙々と業務をこなす日々の中で、皆と同じ目標を追い、共に喜べる瞬間がある。数字の向こう側にいる子どもたちのために、これからもチームで力を合わせていきたいと思っています。

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きたじま
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チームでの目標達成

学習塾にとって4月の生徒数は、営業的にも教育的にも大きな意味を持つ数値です。 新たに入会してくれた一人ひとりの子どもたちの未来に、私たちが関わることができる——その重みを胸に、毎年4月の目標に向き合っています。 当時、大阪南部の校舎責任者だった私は、日報に「校舎目標まであと○名」と書き始めたのがきっかけでした。ある時ふと思い立って「南エリアであと○名」とエリア全体のカウントダウンに切り替えてみたところ、その日報にメンバーたちが次々と反応してくれたのです。「今、1名入会した!」「あと少し!」とやり取りが広がり、見事にエリア全体で目標を達成することができました。その数字の一つひとつが、これから学びをスタートする子どもたちの存在だと思うと、達成の喜びはひとしおでした。 普段は校舎に一人で業務している中では決して味わえない一体感と高揚感——あの時の感動は、今も鮮明に覚えています。それから数年が経ち、カウントダウンはいつしか恒例の文化となりました。そして3年前、本部所属として校舎を持たない立場になった私は、一人のスタッフにカウントダウン担当をお願いしました。その方を中心に、県全体のメンバーが一つの目標に向かって動いている姿を目にした時、また違う種類の感動がありました。 小さなきっかけから生まれた習慣が文化として根付き、次の世代へと受け継がれていく——そしてその先には、より多くの子どもたちの成長に寄り添える環境が広がっている。その光景に、チームで仕事をすることの喜びと意味を、改めて深く実感しました。  校舎で一人黙々と業務をこなす日々の中で、皆と同じ目標を追い、共に喜べる瞬間がある。数字の向こう側にいる子どもたちのために、これからもチームで力を合わせていきたいと思っています。

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能開センター 担任/高校受験
1997-在籍中 / やな氏 栃木県/宇都宮校

学校≦能開

やな氏

能開センターで初めて担任を持った時の話です。 集合形式で教えた経験がほとんどない状況で、いきなり中学3年生、しかもトップ高校を目指すクラスを任されました。教科的な予習はもちろん、ホームルームでの話題を考えたり、板書計画を練ることなどにも時間がかかり、何だか大変な仕事に就いてしまったと、若干、後悔するような気持ちにもなっていました。生徒も、経験が浅い私に対して、反抗とまではいかないにしても、かなり牽制していたのではないかと思います。それでも、とにかく志望高校に受からせてあげたいという気持ちで、毎週、自分なりに一生懸命に授業を続けていました。 夏になり、講習会では25日間もの間、毎日毎日授業をし面談もしたことで、生徒との距離感が一気に縮まり、少しは頼られる先生になれたかもしれないという実感が湧いてきました。 その後、クラスのみんな一つになって、春の受験まで突っ走りました。みんなの進学先も決まり、中学3年生としてのクラスは解散。少し寂しい気持ちで4月を迎えた中、そのクラスの生徒数名が訪ねてきました。 送り出してからまだ半月も経っていないので、何があったのか見当もつかない心持でいると、分厚い1冊のノートを手渡されました。表紙にはクラス日誌とあり、中を見ると9月から3月まで、毎回の私の授業について、感想やダメ出し、その日のネクタイの柄やホームルームで話したことなどが記載されていていました。私に見つからないよう、私が授業で教えた日には必ず書いていたと言われ、とてつもなく感動しました。一部の生徒だけでやっていた、ではなく、24名のクラス全員が、回しながらずっと付けてくれていたことが、本当に嬉しく、この日誌は最高の財産となっています。この日誌を受け取り、能開生ってこんなに素晴らしいんだ。能開って「学校≦能開」になれる場所なんだ。そう思わせてくれた出来事でした。

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能開センター 担任/高校受験
やな氏
1997-在籍中 / やな氏 栃木県/宇都宮校

学校≦能開

能開センターで初めて担任を持った時の話です。 集合形式で教えた経験がほとんどない状況で、いきなり中学3年生、しかもトップ高校を目指すクラスを任されました。教科的な予習はもちろん、ホームルームでの話題を考えたり、板書計画を練ることなどにも時間がかかり、何だか大変な仕事に就いてしまったと、若干、後悔するような気持ちにもなっていました。生徒も、経験が浅い私に対して、反抗とまではいかないにしても、かなり牽制していたのではないかと思います。それでも、とにかく志望高校に受からせてあげたいという気持ちで、毎週、自分なりに一生懸命に授業を続けていました。 夏になり、講習会では25日間もの間、毎日毎日授業をし面談もしたことで、生徒との距離感が一気に縮まり、少しは頼られる先生になれたかもしれないという実感が湧いてきました。 その後、クラスのみんな一つになって、春の受験まで突っ走りました。みんなの進学先も決まり、中学3年生としてのクラスは解散。少し寂しい気持ちで4月を迎えた中、そのクラスの生徒数名が訪ねてきました。 送り出してからまだ半月も経っていないので、何があったのか見当もつかない心持でいると、分厚い1冊のノートを手渡されました。表紙にはクラス日誌とあり、中を見ると9月から3月まで、毎回の私の授業について、感想やダメ出し、その日のネクタイの柄やホームルームで話したことなどが記載されていていました。私に見つからないよう、私が授業で教えた日には必ず書いていたと言われ、とてつもなく感動しました。一部の生徒だけでやっていた、ではなく、24名のクラス全員が、回しながらずっと付けてくれていたことが、本当に嬉しく、この日誌は最高の財産となっています。この日誌を受け取り、能開生ってこんなに素晴らしいんだ。能開って「学校≦能開」になれる場所なんだ。そう思わせてくれた出来事でした。

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